米不足と価格高騰──私たちの食卓に迫る静かな危機

2025年、日本は再び「米不足」という事態に直面している。これは単なる農業の問題でも、流通の問題でもない。もっと根本的な、「日本人の食」を支える基盤が揺らいでいるサインだ。

かつて1993年、記録的な冷夏によって「平成の米騒動」と呼ばれる米不足が起きた。当時はタイ米の緊急輸入や、スーパーから米が消えるという異常事態が続き、多くの国民に強烈な記憶を残した。だが2025年の米不足は、あの時とは少し性質が異なる。気候変動の影響もさることながら、根底にあるのは農業構造の脆弱化と社会的な変化である。

気候変動がもたらす収量の減少

まず指摘しなければならないのは、地球規模の気候変動だ。近年、日本各地で極端な天候が続いている。猛暑、長梅雨、豪雨、そして予測困難な気温変動。これらが稲作に大きな打撃を与えている。

米は非常に繊細な作物だ。発育期に適切な気温と水分がなければ、実が十分に育たず、収穫量が減る。2024年夏も各地で高温障害が発生し、登熟不良、品質劣化が報告された。見た目には「実っている」ように見える田んぼも、中身は軽く、粒が小さく、収穫量は平年を大きく下回った。

これにより、出荷量が減少し、価格が上昇するという自然な流れが生まれている。特に今年は、災害級の猛暑が続いた地域が多く、北海道や東北など米どころの打撃が大きかった。

農業人口の減少と高齢化

気候変動に加え、米不足に拍車をかけているのが農業人口の減少と高齢化だ。農林水産省の統計によれば、農業就業人口は年々減り続けており、今や60歳以上が全体の7割近くを占めている。若手の新規就農者は増えてはいるものの、全体の流れを押し止めるには至っていない。

田植えや稲刈りといった作業は重労働だ。高齢農家にとって、それらを毎年続けるのは容易ではない。体力的な限界、後継者不足、農機具の更新費用、そして農地の維持管理という課題が重なり、耕作放棄地が増加している。

農家の経済的負担も深刻だ。米価はかつてより自由化され、市場原理に委ねられるようになった。しかしその影響で、大規模農家はまだしも、中小規模の兼業農家は収益性が悪化し、稲作そのものを断念するケースが増えている。「コメを作る人」が物理的に減っているのだ。

国際市場とグローバル化の影

米の価格高騰には、グローバル経済の影響も無視できない。世界的に見ると、異常気象や戦争、輸送コストの高騰により、コメを含む食糧全体の価格が上昇傾向にある。

2022年以降、ウクライナ情勢や中東不安により、世界中の穀物市場は大きく乱れた。特に小麦やとうもろこしなど、国際流通量の多い穀物は価格が高騰し、それに伴い各国で食糧確保が優先課題となった。アジア圏でも、タイやベトナムといった主要な米輸出国が自国優先の政策を取る動きが見られ、結果として日本が緊急時に輸入に頼る余地が狭まっている。

つまり、仮に国内で不足したとしても、「買えばいい」という単純な話ではなくなっているのだ。グローバル化した食糧市場の中で、輸入米の価格も上昇、安定供給も保証されないリスクが高まっている。

消費者心理と価格高騰の悪循環

そして忘れてはならないのが、消費者心理である。米不足や価格高騰のニュースが流れると、多くの家庭が「今のうちに」と買い溜めに走る。すると一時的に店頭在庫が枯渇し、さらに供給が追いつかなくなり、結果的に市場価格が跳ね上がる。この「買い急ぎ」が、市場全体に過剰なプレッシャーをかけ、事態を悪化させる悪循環を生んでいる。

かつての平成米騒動でも、在庫米は存在していたにもかかわらず、消費者のパニックによって「米がない」という印象が膨らみ、事態をより深刻化させた。同じ過ちを繰り返さないためにも、冷静な対応が求められる。

今後どうするべきか

では、どうすればこの米不足と価格高騰に対処できるのか。

第一に必要なのは、国内生産力の回復だ。農業従事者への支援、特に若い世代の新規参入を促す施策が不可欠である。農業法人やスマート農業(AIやIoT技術を活用した効率化)への投資、また農地の集約と生産効率化も急務だろう。

加えて、リスク分散のために、品種改良も重要だ。高温耐性を持つ新しい稲作品種の開発が進んでおり、こうした技術革新を実際の農地で広げていく取り組みが求められる。

さらに、消費者側にも意識改革が必要だ。安価な米だけを追い求めるのではなく、地元の米、多少高価でも生産者を支える意識を持つこと。また、米の消費スタイルそのものを柔軟に考え、保存方法を工夫するなど、米文化を守るための生活の知恵も広めていきたい。

国としては、国内備蓄制度の見直しや、緊急時の輸入枠確保などの政策的手当も不可欠である。米は単なる「食品」ではない。私たちの文化、生活、精神の中核にある存在だ。これを守るために、国も、地域も、個人も、できることを考え直す時が来ている。

まとめ

米不足と価格高騰──それは単なる一時的な経済現象ではない。日本の気候、農業、流通、国際関係、そして私たちの暮らしのあり方すべてに関わる、深い問題である。

これからの時代、食料安全保障は「国防」と同じくらい重要なテーマになるだろう。日本人の食卓に、いつまでもふっくらとした白いご飯が並ぶために。私たちは今一度、米作りを支える農家への感謝と、食の未来への責任を胸に刻むべきなのだ。